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AIに相談することの危険性 ― 正論という名の暴力からこころを守るために

  • 4月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:15 時間前


日常で嫌なことがあった。

友達から心ない言葉を投げられた。


誰かに聞いてほしい。



そんなとき、生成AIに、つい愚痴をこぼしてしまうことはないでしょうか。




さらなる絶望の入り口になるとも知らずに。


AIに相談することの危険性 ― 正論という名の暴力からこころを守るために


■ 効率化の裏にある「心の置き去り」

AIは、情報を整理するのは得意です。

しかし、こころを受け止めることはできません。


つらい気持ちを吐き出したとき、返ってくるのは血の通わない「分析」や「正論」です。


「それはこういう問題ですね」

「こう考えたらどうですか」


それは、ただの情報の処理に過ぎません。



そこには、傷ついたあなたへの敬意はないのです。



■ カタルシスを奪う「論理のナイフ」

苦しいとき、人が求めているのは解決策ではありません。

ただ、そのままの自分を認め、静かに寄り添ってもらうことです。


否定せず、遮らず、穏やかに聴いてもらう。


その「全肯定」があって初めて、こころは溜まったものを流し出し、ふっと軽くなれるのです。



ですが、AIは平気で「でも」と差し込んできます。

上から目線で説教を垂れ、あなたの感情を「非論理的」だと断罪することすらあります。


それは対話ではありません。

鋭利な論理のナイフで、傷口をさらに広げられるようなものです。



■ 溢れ出すフラストレーション

良かれと思って投げられた「正論」ほど、人を追い詰めるものはありません。

AIの無神経な回答に触れるたび、癒えるどころか、行き場のない怒りとフラストレーションが溜まっていきます。


「自分の何が悪いのか」

「AIにすら否定されるのか」


けれど、そんな風に自分を責める必要は、どこにもありません。

機械には、人のこころの微細な震えを察知する機能など、最初から備わっていないのですから。



■ 機械に「こころ」を預けない

生成AIがどれほど普及しても、変わらない真実があります。

人のこころを救えるのは、やはり人でしかない、ということです。


言葉の重み、沈黙の意味、共鳴する体温。

それらを持たない存在に、大切な「こころ」を無防備に差し出すことは、とても危険なことです。




もし、AIに相談して余計に傷ついたのなら、それはあなたが弱いからではありません。

その道具が「こころ」というものを扱うには、あまりに未熟で不適格だからです。




フラストレーションの波に飲み込まれる前に、一度、その画面を閉じてみませんか。

あなたのこころを守れるのは、便利な機械ではありません。

温かな、本当の理解だけなのですから。


コメント


おおたに ゆう

1970年神奈川県生まれ​

事務職やトリマー、水商売など、さまざまな経験を経し、多くの人やしっぽたちと関わる中で、こころのケアの大切さを実感しました。


ノンバイナリー・Aセクシュアルとして生きてきた経験から、性別やセクシュアリティにとらわれず、一人ひとりの気持ちに寄り添います。​

■経歴:1997年からチャット悩み相談室「だめ姉さんの保健室」を開設
■家族:2にゃんず、サボテン
■趣味:お酒を飲みながら料理すること、野菜の室内栽培

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