

AIに相談することの危険性 ― 正論という名の暴力からこころを守るために
日常で嫌なことがあった。 友達から心ない言葉を投げられた。 誰かに聞いてほしい。 そんなとき、生成AIに、つい愚痴をこぼしてしまうことはないでしょうか。 さらなる絶望の入り口になるとも知らずに。 ■ 効率化の裏にある「心の置き去り」 AIは、情報を整理するのは得意です。 しかし、こころを受け止めることはできません。 つらい気持ちを吐き出したとき、返ってくるのは血の通わない「分析」や「正論」です。 「それはこういう問題ですね」 「こう考えたらどうですか」 それは、ただの情報の処理に過ぎません。 そこには、傷ついたあなたへの敬意はないのです。 ■ カタルシスを奪う「論理のナイフ」 苦しいとき、人が求めているのは解決策ではありません。 ただ、そのままの自分を認め、静かに寄り添ってもらうことです。 否定せず、遮らず、穏やかに聴いてもらう。 その「全肯定」があって初めて、こころは溜まったものを流し出し、ふっと軽くなれるのです。 ですが、AIは平気で「でも」と差し込んできます。 上から目線で説教を垂れ、あなたの感情を「非論理的」だと断罪することすらあります。

