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自分の中の違和感―言葉が追いついた日

  • 3月22日
  • 読了時間: 2分

更新日:15 時間前


私が若い頃には、「ノンバイナリー」なんて言葉はなかった。

だから私は、自分をどこかに分類しようなんて考えたこともなかった。


ただ、ずっと「なんか違うんだよな」という感覚だけは、身体のなかにあった。

今でいう「性別に違和感がある」という状態だったのかもしれない。


自分の中の違和感―言葉が追いついた日


■ 「女」として扱われることへの、理屈抜きの拒絶

水商売をしていた時期もある。

仕事と割り切ってはいたけれど、お客さんに言い寄られると反射的に「キモっ」と思ってしまう。


相手がどうこうじゃない。

「女」として扱われることそのものが、どうしても受け入れられなかった。


これは単なる好き嫌いではなく、「性別に違和感がある人」によくある感覚なのかもしれない。



■ ズレた問い

当時の世の中で、


「女に見られるのが嫌なんだよね」と言えば、

返ってくるのは決まった一言。


「じゃあ男になりたいの?」

いや、それも違う。


男になりたいわけでもない。

女でもない、男でもない。



じゃあ何なのか。

その答えが、当時の世界にはまだ用意されていなかった。



■ ノンバイナリーという言葉に出会った

時代が進んで「ノンバイナリー」という言葉に出会ったとき、私は「ああ、これか」と思った。


後からそのカテゴリーに飛び込んだわけじゃない。

もともとそうだった自分に、ようやく名前が追いついてきただけだ。



■ 結局のところ「人間でよくね?」でやってきた

自分を説明する言葉がない時代を生きていたから、私は自分を定義することを諦めた。

むしろ「男でも女でもない」という悩みより、「人間でよくね?」という、もっと雑で、もっと確かな肯定感のほうが強かった。


性別なんていう狭い枠組みよりも、自分という存在が先にあった。

これは「ノンバイナリーかどうか分からない」と悩んでいる人にも通じる感覚かもしれない。



■ カテゴリーのその先へ

今の時代、カテゴリーがあることで救われる人もいるだろう。

けれど、私は言葉がなかった時代を、そのまんまの自分で生きてきた。


「隠さなかった」というより「隠す概念すら持たずに、人間として生きてきた」だけだ。


性別を説明する責任なんて、最初からない。

理解されなくても、自分はここにいる。




もし今、何かの枠に当てはまらなくて苦しんでいる人がいるなら、少しだけ思い出してほしい。


ノンバイナリーとか、Xジェンダーとか、そういう言葉の前に


「人間でよくね?」


案外、それでなんとかなるし、そのほうがずっと楽だ。


コメント


おおたに ゆう

1970年神奈川県生まれ​

事務職やトリマー、水商売など、さまざまな経験を経し、多くの人やしっぽたちと関わる中で、こころのケアの大切さを実感しました。


ノンバイナリー・Aセクシュアルとして生きてきた経験から、性別やセクシュアリティにとらわれず、一人ひとりの気持ちに寄り添います。​

■経歴:1997年からチャット悩み相談室「だめ姉さんの保健室」を開設
■家族:2にゃんず、サボテン
■趣味:お酒を飲みながら料理すること、野菜の室内栽培

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