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ペットロス―ほっとする自分を責めてしまうとき

  • 3月16日
  • 読了時間: 2分

更新日:6月27日


ペットとの別れは、悲しみだけで終わるとはかぎりません。

こころのどこかに、言葉にしづらい感情が混ざることがあります。


たとえば、長い間行方がわからなかったとき。

どうなったのか想像するしかない時間が続いたとき。

過酷な闘病生活が続いたとき。



人は、ずっと張りつめたままでいることはできません。

だからある瞬間、ふっと息をつくような感覚が生まれることがあります。


「あの子は自分の意思で出て行ったんだ」

「外で楽しくやっているだろう」

「看病疲れから解放されてよかった」



けれどその直後、別の感情が胸の奥で動き出します。


「ほっとしてしまった自分は冷たいのではないか」


そんな思いが、静かに自分を責めはじめるのです。


ペットロス―ほっとする自分を責めてしまうとき


■ 罪悪感は、愛情の裏側に生まれる

大切な存在に何かが起きたとき、人は出来事そのものよりも、自分の行動や判断を何度も振り返ります。


あのとき確認していれば。

もっと気をつけていれば。

自分が違う行動をしていたら。


そうやって、終わった出来事の中に何度も戻ってしまいます。


でも、その繰り返しは「無関心だった人」には起きません。

罪悪感は、それだけ濃密に関わっていた証拠です。



■ 愛情は、目に見える形だけではない

ペットとの関係は、いつも理想的な形とはかぎりません。

忙しい日常の中でお世話をしたり、家族の中で役割が偏ったり、戸惑いながら向き合うこともありますよね。


それでも、

放っておけなかったこと。

気にかけていたこと。

どこかで思い続けていたこと。


そうした時間もまた、確かな関わりのひとつ。

愛情は、目に見える分かりやすい形だけで測れるものではありません。



■ こころは、悲しみと安堵を同時に感じる

大きな出来事のあと、人のこころは一つの感情だけで動くわけではありません。


悲しみの中に安堵が混ざる。

張りつめていた時間が終わり、ようやく息をつくような感覚が生まれる。


それは冷たさや薄情さではなく、長く抱えていた緊張がほどけた自然な反応です。

だから、「ほっとしてしまった自分」をそれ以上責めないでくださいね。



■ その感情は、一人で抱えなくてもいい

罪悪感や自責の気持ちは、こころの中に閉じ込めているほど重くなります。

誰かに話すことで、出来事の意味が少しずつ整理されていくことがあります。

もし、あの出来事がまだこころに残っているなら、いつでもここでお話を聴かせてください。


コメント


おおたに ゆう

1970年神奈川県生まれ​

事務職やトリマー、水商売など、さまざまな経験を経し、多くの人やしっぽたちと関わる中で、こころのケアの大切さを実感しました。


ノンバイナリー・Aセクシュアルとして生きてきた経験から、性別やセクシュアリティにとらわれず、一人ひとりの気持ちに寄り添います。

​​

​1997年からチャット悩み相談室「だめ姉さんの保健室」を開設。

​しっぽ同居歴=年齢

ノンバイナリーとして生きづらさを抱えつつ、しっぽたちに癒やされ今がある。

■経歴:1997年からチャット悩み相談室「だめ姉さんの保健室」を開設

■しっぽ同居歴=年齢と同じ
■家族:2にゃんず、サボテン
し趣味:お酒を飲みながら料理すること、野菜の室内栽培

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