

SNSでこころがざわつく―ざわつきの正体
最近、SNSを見るのがつらくなっていませんか。 誰かの投稿を見て、何かが刺さる。 理由はわからない。 でも胸の奥がざわつく。 楽しそうな写真。 仕事の報告。 誰かのキラキラした日常。 それを見て湧き上がるのは、怒りでも悲しみでもない。 もっと静かで、もっと個人的な何か。 妬み。 嫉み。 「自分だけ停滞している」という感覚。 名前をつけたくない感情ほど、じわじわと動く。 そして気づかないうちに、自分の内側で静かに増幅されていくものです。 ■ しんどいのは、SNSじゃなく今の自分 通知を切っても、アプリを消しても、そのざわつきは消えない。 ざわつきの震源は画面の向こうではなく、それを見たときに動く自分のこころの声のほうだからだ。 自己肯定感が落ちているとき、SNSはそこを何度も何度も刺してくる。 ■ その感情を、すぐ捨てなくていい 嫉妬は、消すものじゃない。 きれいになりたいと思えた。 何かを始めるきっかけになった。 そうやって得られたものがあるなら、その嫉妬にあとから感謝することもできる。 自分の軸が整ってくると、ざわつきは少しずつ静かになっていく


完璧主義―自分をラクにする呪文
ミスしたくない。 誰にも迷惑をかけたくない。 ちゃんとしていたい。 そう思いながら、 「もうちょっとだけ」 「まだ足りないかも」と積み重ねていく。 気づいたときには、ぐったりしている。 ■ その「ちゃんと」は、鎧だったりする 完璧を目指すのは、まわりへの思いやりだけじゃない。 「ちゃんとしていれば、自分を責めなくて済む」という、自分を守るための鎧だったりする。 だから疲れるのは当たり前だ。 苦しくなるのも、当然だ。 鎧を着たまま走り続けているんだから。 完璧を目指すあなたは、それだけまわりを大切にしている。 その姿勢は誇っていい。 でも、鎧を着続けることが、あなたを守ることにはならない。 ■ 「まあいいか、これで十分」 完璧じゃないと落ち着かないとき、こころの中でそっとつぶやいてみてほしい。 「まあいいか、これで十分」 あきらめじゃない。 自分を許すための、やさしい呪文だ。 「もうちょっとだけ」ではなく 「これで十分」と言えたとき、 少しずつこころの力が抜けていく。 ■ 完璧じゃなくても、あなたはもう十分すぎるほど頑張ってる 完璧にできなかった日


疲れやすいのは甘えじゃない
動けない朝がある。 何もしたくない日がある。 理由もわからないのに、ただただしんどい。 そういうとき、 「甘えてるんじゃないか」 「なんでこんなことで」と自分を責めてしまうことはないだろうか。 ■ ぐったりするのには、ちゃんと理由がある まわりに気を配って、空気を読んで、誰よりもやさしく接してきた。 その積み重ねが、知らないうちにこころをすり減らしていく。 動けない日があるのは、それだけ誰かを大切にしてきた証拠だ。 がんばってきた結果が、ぐったりとして出ているだけ。 甘えとは、まったく違う。 ■ 「がんばった証拠」に気づいたら、次のステップ ぐったりの正体がわかったら、次は「がんばらない工夫」を少しだけ試してみてほしい。 ・返事を明日にする ・気を遣う相手と、少し距離をとる ・「今日は無理」と言葉にしてみる どれかひとつでいい。 全部やらなくていい。 やさしさを守るには、自分のエネルギーを守ることが必要だ。 あなたのやさしさが続くように、まずあなたが、あなたにやさしくしてあげてほしい。 ■ 「しんどい」を誰かに話すだけで、楽になることがある...

