最期を看取れなかった。それでも、あの子は伝えていた。
- 3月10日
- 読了時間: 2分
更新日:3月15日
あの子の最期に、そばにいられなかった。
それが、ずっと心に引っかかっている。
どうしてあのとき、もっと早く帰らなかったんだろう。
どうして、あの瞬間に気づけなかったんだろう。
何度も「ごめんね」と思って、あの子のぬくもりを思い出しては、胸が痛くなる。

看取れなかった後悔は、愛していた証
ペットを看取れなかったとき、多くの人が自分を責める。
「もっとそばにいてあげればよかった」「なぜあの瞬間に気づけなかったのか」と。
でも、その後悔の深さは、それだけあの子を愛していたということだ。
後悔がある人ほど、精一杯向き合ってきた人だと思う。
あなたのいないときを選んだのかもしれない
おすぎさんが16歳で旅立ったとき、そばにいられなかった。
後から、友人にこう言ってもらった。
「きっと姉さんを心配させたくなかったんだよ」と。
その言葉に、ずっと張り詰めていたものが、少しだけほどけた気がした。
もしかしたら、あの子は心配させまいとして、あなたのいないときを選んだのかもしれない。
あなたが泣く顔を見たくなくて、静かに、自分のタイミングで旅立ったのかもしれない。
それは、あなたを想う気持ちが、最期まで続いていた証だと思う。
「ごめんね」は、「ありがとう」に変えていい
看取れなかったことへの後悔は、消えないかもしれない。
でも、「ごめんね」だけで終わらせなくていい。
あの子が最期まであなたを想っていたなら、その気持ちを汲んであげてほしい。
「ありがとう」と言葉にすることが、あなた自身を少しずつ楽にしていく。
悲しみをひとりで抱えていませんか
ペットを失った悲しみは、「たかがペット」と流されてしまうことがある。
でも、その悲しみはちゃんと本物だ。
ペットライフケアでは、大切な子を亡くした後の気持ちを、そのまま話せる場所でありたいと思っています。

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