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SNSで心がざわつく理由
最近、SNSを開くのが少し重くなっていないだろうか。 誰かの投稿を見て、何かが刺さる。 理由はわからない。 でも胸の奥だけがざわつく。 そのざわつきの正体 楽しそうな写真。 仕事の報告。 誰かのキラキラした日常。 それを見て動くのは、怒りでも悲しみでもない。 もっと静かで、もっと個人的な何かだ。 妬み。嫉み。 「自分だけ停滞している」という感覚。 名前をつけたくない感情ほど、よく動く。 そしてそれは他人のせいじゃなく、自分の内側で勝手に増幅される。 疲れているのは、SNSではなく自分の声 通知を切っても、アプリを消しても、そのざわつきは消えない。 なぜなら、疲れの震源は画面の向こうではなく、それを見たときに動く自分の声のほうだから。 自己肯定感が落ちているとき、SNSはそこを何度も何度も刺してくる。 疲れるのは当然だ。 その感情を、すぐ捨てなくていい 嫉妬は、消すものじゃない。 もしその感情が、自分を少しでも前に動かしてくれたのなら。 きれいになりたいと思えた。 生活を変えたいと思えた。 何かを始めるきっかけになった。 そうやって得られたものがあ


名前がしっくりこないときにできる、小さなセルフケア
名前に違和感を覚えるのは珍しいことではない。 呼ばれた瞬間に胸がざわつく、名乗るときに息が詰まる── そんな感覚は、こころが「今の自分に合っていない」と静かに知らせているサインかもしれない。 名前の違和感は「アイデンティティの揺れ」から生まれる 名前には、家族の価値観、社会の期待、過去の自分のイメージが重なっている。 そのどれかが今の自分とズレてくると、呼ばれるたびに小さなストレスが積み重なる。 性別に関する違和感 家族からの期待とのズレ 過去の自分との距離 社会的な役割との不一致 こうした要素が重なると、「その名前は私じゃない」という感覚が生まれやすい。 自分の中だけの“呼び名”を作るという方法 他人に名乗らなくてもいい。 まずは自分の中だけで使う名前をひとつ持つだけで、こころの負担が軽くなることがある。 手帳にその名前を書く スマホのメモにそっと置いておく こころの中で自分を呼ぶときだけ使う SNSやゲームで試しに使ってみる 「この名前なら呼ばれても苦しくない」という感覚があれば、それはもう立派なあなたの名前だ。 通名っという選択肢...


なぜか料理を作りすぎてしまう。その理由に気づいたとき、もう頑張らなくていいと悟った。
一人暮らしなのに、いつも作りすぎてしまう。 お菓子やレトルトのストックも、気づけば棚がいっぱいだ。 「なんでこんなに作るんだろう」 「なんでこんなにため込むんだろう」 ずっと思っていた。 気づいたのは、ある日ふと振り返ったとき 子どものころ、兄ばかりが贔屓されていた。 おかずの量が違った。 お菓子も、自分の分は少なかった。 「足りない」が、当たり前だった。 大人になった今も、体はあのころのままで、「足りなくなる前に備えておかなければ」と動いている。 毒親の影響は、こんなところに出る 毒親に育てられた影響は、わかりやすい形では出てこないことが多い。 怒りや悲しみより先に、「なんとなく生きづらい」「なぜかこういう癖がある」という形で日常に滲み出てくる。 たとえば、人に頼れない。 褒められると不安になる。 誰かに嫌われることが怖くて、NOと言えない。 必要以上に食べ物をため込む。 それは性格じゃない。 育った環境が作った、サバイバルの知恵だ。 気づくことが、最初の一歩 自分の癖や生きづらさに「なぜ?」と問いかけてみてほしい。 答えが子ども時代につながる


静かに不安が押し寄せる夜は。
静かに不安が押し寄せる夜は、理由なんてなくてもいい。 なんとなく息が浅くなって、なんとなく涙が出そうになる。 それは、こころが「ちょっと休みたい」って小さくつぶやいているサインかもしれない。 がんばり屋さんほど、自分の不安に気づくのが遅くなる がんばり屋さんほど、自分の不安に気づくのが遅くなります。 今日は、何もできなくていい。 ただ、布団にくるまっているだけでいい。 あなたのこころが、あなたに追いつくまで、ちゃんと待ってあげてください。 「落ち着かなきゃ」って思わなくていい 理由のない不安におそわれる夜は、「落ち着かなきゃ」って思わなくていいです。 まずは、今の自分にできることだけを選んでみてください。 スマホを伏せて、目を閉じる。 あたたかい飲みものをゆっくり飲む。 「大丈夫じゃないかも」と声に出してみる。 不安は、消そうとするほど苦しくなります。 でも、そばに置いてあげると、少しだけ静かになります。 今夜は、がんばらなくていい 今夜は、がんばらなくていいです。 ただ、あなたのこころに場所をあけてあげてください。 → メンタルケアの詳細はこち


断れないのは、優柔不断だからじゃない。
「また断れなかった」 そう思いながら、引き受けた仕事や予定を前に、ため息をついたことはないだろうか。 断れない自分を責めて、優柔不断だと思って、またため息をつく。そのループが、じわじわとこころをすり減らしていく。 断れないのは、やさしさの裏返し 断れない人は、相手の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちを後回しにしているだけだ。 「NO」と言ったら傷つけてしまうかもしれない。 関係が壊れるかもしれない。 そう思うから、言えない。 それは優柔不断でも弱さでもなく、相手を大切にしてきた証だ。 そのやさしさは、誇っていい。 でも、「NO」が言えない日が続くと 断れない日が続くと、あなたの中の「本当の気持ち」が、どんどん小さくなっていく。 やりたくないことを引き受けるたびに、自分が何を望んでいるのかが、わからなくなっていく。 気づいたときには、ぐったりして動けなくなっていた。 そういう人を、たくさん見てきた。 まずは小さな「NO」から始めてみる 「NO」を言うのは、急には難しい。だからまず、小さなところから始めてみてほしい。 「今日はちょっと無理です」「それは


ぐったりするのは、甘えじゃない。
動けない朝がある。 何もしたくない日がある。 理由もわからないのに、ただただしんどい。 そういうとき、「甘えてるんじゃないか」「なんでこんなことで」と自分を責めてしまうことはないだろうか。 ぐったりするのには、ちゃんと理由がある まわりに気を配って、空気を読んで、誰よりもやさしく接してきた。 その積み重ねが、知らないうちにこころをすり減らしていく。 動けない日があるのは、それだけ誰かを大切にしてきた証拠だ。 がんばってきた結果が、今のぐったりとして出ているだけ。 甘えとは、まったく違う。 「がんばった証拠」に気づいたら、次のステップ ぐったりの正体がわかったら、次は「がんばらない工夫」を少しだけ試してみてほしい。 返事を明日にする。 気を遣う相手と、少し距離をとる。 「今日は無理」と言葉にしてみる。 どれかひとつでいい。 全部やらなくていい。 やさしさを守るには、自分のエネルギーを守ることが必要だ。 あなたのやさしさが続くように、まずあなたが、あなたにやさしくしてあげてほしい。 「しんどい」を誰かに話すだけで、楽になることがある...
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